塾長の大久保です
自信塾の塾生が
河合塾
大阪大学オープン模試で
法学部の2次試験の判定が
A判定をとりました

法学部の国際公共政策学科は
法学部の法学科よりも
難易度が高い
最難関学科です
数学と国語の偏差値も
60を超えました
素晴らしい!

ちなみに
第3回全統記述模試の成績は

でした
この生徒は
最初から勉強ができたわけでは
ないのです
特に器用ではなく
特に数学が得意なわけでもなく
だから
最初から、偏差値が70あったとかでは
一切ないのです
ただ彼女のすごいところは
すべきことを
コツコツコツコツ
努力できるところなのです
その
コツコツコツコツ努力をした結果が
この模試の成績です
逆に言えば
特別な力はなくとも
彼女のように
すべきことをコツコツ努力すれば
偏差値は70まで伸びるのです
彼女がそれを
証明しています
教科書レベルから
ずっとずっと
彼女に教えてきた僕が言うから
本当です
もう一度言います
大学受験で
必要な力は
すべきことを毎日し続ける力、です
彼女を
本当に尊敬します
まだ合格していないけど
おめでとう!!!!!
塾長の大久保です
「学校の数学の授業が
ついていけなくて・・・」
入塾の面談では
そのお言葉から始まりました
高1の始めから
数学を教え始めました
数学Ⅰ・A・Ⅱ・Bの教科書を教え、
それが終わると
数学Ⅲの教科書を教え、
それが終わると
オリジナルのテキストを用いて
数Ⅲの極限と微積分の
入試レベルを教えました
ここまで約2年かかりました
彼は今、
高2の3学期です
自信塾にきたときは
学校の数学の授業に
ついていけなかった彼ですが
高2の彼の現状を
客観的に把握するために
今年の入試を解かせてみました
今年の
神戸大学理系の
微積分の問題の
彼の答案です

偶関数であることに
気が付いていないことの
落ち度はあるものの
微分の計算や
積分の計算など
超えるべきハードルは
すでに超えています
そして次は
大阪大学の
理系数学の微積分の問題です

積分の計算間違いですね。
赤ペンで直していますが
eではなく1です
ミスはここだけです
もったいない・・・
学校の授業が付いていけなくても
教科書レベルから
ちゃんと学習し理解していけば
まだ高2でも
ここまで成長できるのです
もちろん
完答していませんので
まだまだまだまだ
成長できる点はあります
しかし
ここまで本当に
頑張ってくれました
入試まで
あと1年あります
京都大学に向けて
もっともっと
成長してもらいたいと思います
そして
これは彼だけの
特別なことではありません
どれだけ出来なくても
彼のように
正確に理解し
しっかり努力できれば
高2でも
神大や阪大の入試問題が
解けるようになるのです
だから
今の時点で
数学が出来なくても
けして
諦めないでくださいね
塾長の大久保です
大阪大学に合格した生徒が
合格通知を持って
塾に来てくれました
一緒に記念写真です

お母さんと理一朗

理一朗に
プレゼントをくださり
ありがとうございます!

いつも
お気遣いいただき
ありがとうございます
さてさて
そのお母さんから
合格体験記を
寄稿いただきました
お母さん、
貴重なお声
本当にありがとうございます
このお声の中にも
ありますが・・・・
自信塾にきたときは
数学と理科は、
大阪大学を受ける者として
“何もわかっていない”と言っても
過言ではありませんでした
そこから
自信塾での勉強が始まりました
特に、
数学Ⅲの学習は
本当に1から教えました
極限の意味と計算
微分の計算
積分の計算
本当にそこから始めました
(そのレベルから勉強を始めても
正しい方法で努力すれば
難関大である大阪大学でも
合格できることを
この生徒は証明しています)
自信塾に来る前に受けた
阪大模試で
1割しか取れなかったこの生徒が
その1年後
阪大実戦や阪大オープン模試で
十分な成績を収めることが
できました
これは
ひとえに
本人の努力ですね
そして
本人の努力と
自信塾の教育に
深いご理解をしてくださり
大きなご協力をくださった
保護者の方のお力だと
心から思います
もちろん
本人も頑張った
とってもとっても
頑張りました
だけど
本人の見えないところで
お母さん、お父さんは
大変ご苦悩されたと
思うのです
僕ら講師は
実際に教えているので
生徒が
成長してきていることを
肌で感じることができます
しかし
保護者は
毎日顔を見ることしかできないので
いわゆる
見守ることしか出来ないのです
この“見守る”という行為が
これが
どれだけ不安で
どれだけ気の滅入ることか
でも
生徒にとっては
保護者のこの“見守る”ことが
最も大切なことなのです
お母さんは
覚悟して腹をくくって
本当に頑張ってこられた、
そう思います
どうぞ
お母さんのお声を
聞いてもらいたいと
思います
受験期を迎えられる親御さま
我が家に春はやってくるのだろうかと気がかりな毎日をお過ごしの方も多くおられると思います。私もつい数日前までみなさんと同じ気持ちでした。しかし、自信塾とご縁が持てたことで、息子は強い意志を持ち続け、将来に真剣に向き合うことができました。その結果、この春、第一志望校の合格を達成することができました。
私がこの一年を振り返ることを通して、数学を教えて頂いた塾長の大久保先生、物理、化学を教えて頂いた山崎先生、単発ではありましたが数学の小村先生、土生川先生、また、複雑にスケジュール組みをして頂いた事務の皆さまに感謝の気持ちを伝えるとともに、受験生を支える親御さんが少しでも前向きな気持ちでお子様を支えていただけるきっかけになれば幸いです。
息子は決して不真面目な方ではありません。しかし、公立高校では風が吹くように授業が進むうえ、また高校3年生時はコロナ禍で、参考書を自身で理解して課題をこなすことで済まされるなど、難しい時期でした。そんな日々を過ごす中、数Ⅱでつまずき、数Ⅲは太刀打ちできないまでになり、もともと得意ではなかった物理、化学の偏差値は30代に落ち込むほどできなくなっていました。その頃に受けた阪大実践模試は受験する意味もないほど不出来でした。具体的に点数で言うと、数学、理科は1割程度でした。
そんな状態で受験シーズンを迎えることになった秋に自信塾とご縁を持つことができました。息子の成績はどん底ではあったのですが、私はやはり現役で合格してくれるに越したことはないという考えでおりましたので、どこか入れるところはないかと模索していました。そんな私に大久保先生がこうおっしゃられました。
「探せば合格する大学はあるとは思うけれども、努力せずして、楽をしたまま入った大学生活に意義があるのか。しっかりと努力を重ねたうえで合格を掴み取ってこそ、その先の時間に意義が生まれるのではないのか。」
その時は、それが正論だとは理解できましたが、浪人させるにはお金も精神的苦悩もかさむので、心の底から「そうだ」と先生の言葉に同意することはできませんでした。そんな中、目標だけを高く持ち続ける息子を不安な気持ちで見守るしかない日々が過ぎてゆき、高校3年生、いわゆる現役の受験シーズンでは、中途半端に挑んだ入試に結果がついてくるはずもなく、もう一年頑張ることになりました。
それから息子の猛勉強が始まりました。得意だったはずの数学の勉強方法を見失い、もがいていたさ中に、大久保先生の型にはまらないそれぞれの生徒に合った教授法を通して、息子は再び数学の学習に喜びを覚えるようになったのです。物理、化学の成績の落ち込みようはもっと深刻でしたが、山崎先生に基礎から根気強く教えて頂き、できる単元が徐々に増えていきました。暗記が苦手な息子に合わせて、考えて理論を繋げることで理解を深める教授法で、全くできなかった理科も徐々に模試などで結果を出せるようになっていきました。
塾長の大久保先生は教育に熱い方です。その熱さを20年以上も続けておられる、それに喜びを感じておられるとはまさに天職に就いておられるのだと確信します。数学を教える一流の先生であることは尚のこと、生徒のみならず保護者とも真剣に向き合い、要所で必ずフォローアップをしてくださいます。
息子の成績は、親が理想としていた軌道(初めから順調に成績が上がる)は描きませんでしたが、浪人生活を始める際に大久保先生が説明されていた軌道(我慢ののちに後半ぐっと伸びてくる)は描きました。というのは、初めから全ての模試が納得のいく成績ではなかったですが、大切な模試、うちの場合は、11月の駿台阪大実践、河合塾阪大オープンに向けて、適切な指導をしてくださり、しっかり結果を残すことができました。これが国立2次で戦える力に結び付き、本番で力を発揮し、合格に繋がったのだと思います。
数か月前までは、先生方への感謝の気持ちや頑張る息子を褒めてあげたい気持ちは、当然、合格した後にあふれてくるものだと思っていましたが、実際はそうではありませんでした。
本命入試(国立2次)の数日前のことですが、脇目もふらずラストスパートをかける息子の姿に、また自分の人生をかけて1年間頑張ってきた息子を誇りに思い、合格発表を待たずとも、しんどいことも多かったですが、この経験ができたことが私の子育ての宝物だとも思えるほどになり、大久保先生には入試の前日に、心からの御礼の気持ちをお伝えさせていただいたほどです。もちろん、これほどに頑張ってきた息子の努力が合格という形で報われてほしいと願いましたが、まだ合格前ではあるけれど、もうすでに「よくやった!」と太鼓判を押してあげたい気持ちが涙とともに溢れ出ていました。
今、一年前に塾長がおっしゃった言葉の意味を心の底から理解することができます。現役の時、あのままどこか受かる大学に進学していたら、あまり意味のない大学生活にお金を費やすことになっていたかもしれません。
模試の結果が返って来るたびに憂鬱になったり、ちょっと安心したり、この1年間、私の気持ちは息子の成績と一緒に揺れ動いていたことは否めません。そのことで息子を不安な気持ちに追いやったこともあったでしょう。でも、頑張っている分だけ不安な気持ちと戦うのは受験生本人です。どうか、この受験期の子育てを通して、親子ともに良いご経験ができますよう、心から願っています。
最後になりましたが、自信塾の皆さま、本当にありがとうございました。このご縁を大切に、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
塾長の大久保です
高3に自信塾の塾生が
河合塾
大阪大学オープン模試 の
成績優秀者に選ばれました!

素晴らしいです!
志望学部も
A判定!
数学を教えている僕としては
かなり嬉しく思います!
でも
共通テストで
ミスをしかねない彼女笑
あとひと月ですので
コツコツ頑張ってもらいたいと
思います
成績優秀者の選ばれたこと
本当に
嬉しく思います
このままの勢いで
大阪大学に
合格しちゃいましょう!
塾長の大久保です

「数学がヤバいので、なんとかしたいんですが」
そういって、
自分で問い合わせをしてきたのが
この子です
たいてい
保護者さんからお問い合わせを受けるのですが
高校生が自分で塾を探して
面談に来ました
もちろん
うちの自信塾以外の塾にも
面談をしにいったようです
最終的に
自信塾を選んで入塾してくれました
高校数学を
1から教えなおしました
西大和学園といえば
日本でも有名な進学校ですが
みんなが勉強が好きで
みんなができる
というわけではありません
どちらかといえば
この子は
勉強がしんどくなって
少し嫌になってたところでした
「ええやん、今からもっかい一緒にやろう!
でも、楽な方法とかないからね?
コツコツするしかないで?
俺が言う通りにやって?
そしたら出来るようになるから」
そう言って
1からやり直しました
そして今回
河合塾の
全統記述模試で
数学の偏差値65
国語の偏差値73
をとりました
出会った時の彼女は
入塾の面談のときに
見せてくれた模試の偏差値でいうと
数学も国語も50そこそこでした
それから約半年
本当に頑張りました
次の第二回記述模試では
数学は偏差値70をとろぜ!
「え~、無理や~」
と、彼女は言いますが
僕はとれると思っています
誰だって
最初はできないもの
だけど
努力を積み重ねれば
いつしか出来るようになる
断言します
「誰でも」です
このまま
受験まで頑張ってほしいと
思います!






塾長の大久保です
嬉しい!!
泣きそうになりました!

昔の生徒が
大阪大学大学院工学研究科に
合格しました!
めでたい!!!!!!
彼女には
高校生の頃から
数学を教えていました
本当に負けん気の強い子でした
ただ、
出会った頃は
「何をどう勉強すればいいのかわからん」
そういう状態でした
学校の授業もわからん、
問題集の答えもわからん、
だから
テスト前になっても
何もわからん、
そんな状態で
出会いました
だから、
“数学の勉強の仕方”を
1から教えました
この塾長日記でも
何度も書いていますが
勉強する上で
大切なことは3つです
“何を”
“いつ”
“どのように”
この3つです
この3つを徹底的に
管理して
数学を教えました
彼女が
たくましかったのは
「なんでそうなるん?」の気持ちを
必ず僕にぶつけてくれました
「なんでそうなるん?」
「なんでそう解くん?」
「この解き方じゃあかんの?」
僕の解説にはもちろんですが
彼女は
学校の先生の解説や
問題集の解答にも
その疑問を感じたら
全て僕に聞いてくれました
「なるほど!」っと
彼女の中で納得するまで
しっかり考えることを
やめませんでした
数学が出来るようになるには
この体力が必要です
でもそれは
かなりの
数学の知識がついてからです
それまでには
ルーチンワーク、つまり
この問題こう解く、という
当たり前の行動が出来るように
ならなければいけません
彼女は
その段階でも
妥協しませんでした
僕の創る
「プロローグ」というテキストには
その、数学の問題を解く上での
「当たり前の行動」を
全てまとめてありますが
そのテキストを
何度も何度も繰り返し
練習していました
そうすると
“考える種”が頭に増えていきます
そのうえで
「なんでなん?」という気持ちを
大切にして考えることを
妥協しなければ
じきに
数学を考える“脳”が出来上がります
これが大事なのです
彼女は
高校3年生で
見事にその段階に到達しました
学校の授業がわからない、とか
そんなもの
たいした問題ではありません
大切なのは
きっちりと
僕と勉強することです
朝6時から8時まで
塾で勉強して
そこから学校へ行って
また放課後に
塾に来て23時まで自習して帰っていました
この毎日を
しんどいの一言も言わずに
繰り返しました
早朝で
電車がないので
また、夜は遅かったので
お母さんが
送り迎えしました
毎日、本当に
大変だったと思います
彼女は
現役で公立大学の工学部に合格しました
しかも
4年間の学費が無料になり
毎月10万円が支給される
特待生としてです
大阪大学や神戸大学に
合格する力がありましたが
敢えてその選択肢を選びました
ご家庭の経済的な事情です
さて、
向学心溢れる彼女は
英語が話せるようになりたい、と
留学生の寮に入りました
勉強を重ね
交換留学もし
英語も話せるようになりました
以前、
僕が、ドバイで
2週間バカンスしている時に
その子から
「先生、今休みやろ?どこおるん?」
ってLINEがきました
「俺今、ドバイでプール入ってる笑」
「私、今、交換留学でタイおんねん!」
「そーなんや!ドバイ、遊びにおいでよ!」
「そんなお金ないわ~、連れてって!」
「そのうち一緒に行こうか!」
という会話を
ドバイとタイで
したこともありました笑
他には
「先生、彼氏と香川に遊びに行くから
おいしい店教えて!」
とLINEがきたので
「ええで!先に連絡いれとくわ!」
と、いきつけの店を予約しておきました。
もう、僕が
何年も通っている店だったので
「マスター、
僕の生徒が行くので
僕があとで払うから
好きなだけ
飲み食いさせてあげてください!」
と、伝えておきました。
ほんまに
なんぼほどたべんねん!ってぐらい
食べてましたね笑
かわいい奴です笑
そんな、かわいい生徒が
またひとつ
夢を叶えたわけです
嬉しいですね、本当に!!!!
数学が苦手だった彼女が
僕が教えはじめて
定期テストで
クラスの上位をとり続けて
「友達から数学の質問をされるねん!」って
得意げに言っていた彼女の笑顔を
今でも忘れません
その子のお母さんが
障害を抱えておられていて
そのお母さんの行く末が
心配で
涙を流していることもありました
ご家庭が
いろんな事情を抱えていて
塾の授業料を払えない
塾を続けていけないかもしれない、
「でも、私、大久保先生の授業受けたいねん」
って
涙を流して僕に言っていた彼女の顔
本当に忘れられません
もちろん、
なんとか高3の最後まで
授業が受けられるように
大人同士で話し合いました
今の「大久保奨学会」の原型ですね
彼女のことを思い出すと
本当に
きりがありません
僕の方法で数学を学んだ生徒が
大学へ羽ばたいていき
そして
また新たな
夢を叶えて大きくなっていく
塾長として
感無量ですね、本当に
よく頑張りました
彼女から
「先生」って言われるのが
恥ずかしいぐらい
彼女は大きくなりました
彼女は
僕の自慢の生徒です
追伸:
「先生、おいしいもの食べに連れてって!」
だそうです
「どこでも連れてったる!」
塾長の大久保です
この仕事をしていると
「あ、この子、成長したな」って
思う瞬間があります
それは
この仕事を
している喜びを感じる瞬間です
先日、
ある高3生が
ニヤニヤしながら
近づいてきました笑
「どしたん笑?」
「先生、
ハイレベル数学のテキストの
あのΣの阪大の問題
予習で解けました!」
と言ってきました。
その問題はこれです
10番、です

「ほんまに?
アレに気が付いた?」
「そうそう、アレ使いました!」
ほんまか~?
と、思いながら
彼のノートを見ました
アレに気が付いていました
しかも、記述も完璧です
思わず、声を上げてしまいました!
「おー!!すげー!」
感動です!
鳥肌が立ちましたね、正直。
彼は
持病があって
コロナの前に手術をしました
他の生徒に比べて
学習もおくれていました
しかし
持ち前の頭の回転の速さと
コツコツする、とは言えませんが
努力家ではあります
教えたことを確実に
モノにしてきています
他の問題で
とある<item>を
授業で彼に教えました
その<item>を
彼はこの問題に出会ったとき
気が付いて
ちゃんと運用することが出来て
見事に解くことが出来ました
確かに、手術の影響で
学習が周りより遅れていますが
彼は必ず帳尻をあわせてくると
思います
微分の計算も
積分の計算もできずに
1から僕が教えてきました
そんな彼が
自力で阪大理系の問題を解いた
初めての瞬間でした
「あ、成長してる!」
そう感じました
彼、もっともっともっともっと
伸びると思います!
この先、
指数関数的な伸びを
示すと思います!
感動をありがとう!
