塾長

ポールスター号

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塾長の大久保です

 

 

小学生の頃

電車が好きで好きで

しょうがありませんでした

 

 

祖母の家が

北大阪急行の「桃山台」にあって

僕の実家は「あびこ」だったので

御堂筋線に

何度も乗ってたこともあり

自分は御堂筋線の運転手になると

信じていました

 

 

駅も全部覚えて

カーブの位置とかも

ノートに書いたりして

いまだに覚えています

 

 

小学生の頃

勉強なんか全くしなかったけど

御堂筋線については

絵を描いたり

駅を覚えたり

とても熱心でした笑

 

 

中でも

北大阪急行の

ポールスター号という電車があり

なぜだかわかりませんが

当時の僕は

その電車に乗ることが

大好きでした

 

 

 

おばあちゃんの家に行ったら

おばあちゃんに

「電車に乗りに行こう!」と言い

千里中央とあびこの間を

何往復もしていました

 

 

 

しかも孫は

そのポールスター号に

乗りたいわけです

 

 

 

だから

その電車が来るまで

桃山台の駅で

ずっと2人で待っていました

 

かなりの時間を待っていたと

思います

 

 

おばあちゃんは

その電車が来るのを

ずっと待たされ

やっと来たら

ずっと地下鉄に乗ってるわけです

 

心底、辛かったと思うのですが

文句も言わず

孫につきあってくれました

 

 

 

じつは今は

ポールスター2号が出ていまして

初代のポールスター号の運行は

かなり少なくなってしまいました

 

 

 

ところが

先日、

千里中央に用事があって

行くときに

難波の駅で偶然、遭遇しました

何年ぶりでしょうか

 

 

 

ま~、嬉しかったこと笑

 

 

あのときの少年は

桃山台の駅で待っていたとき

この電車が見えたとき

飛び跳ねて喜んでましたね

 

そして

乗っているときは

始終、心を躍らせながら

モーターの音や

扉の開閉の音

ブレーキのタイミングや

カーブの時のスピードまで

五感全てを駆使して

ポールスター号を

感じていました

 

 

 

難波から千里中央まで

乗っている間、

そんな昔の自分を

浮かべながら

そのワクワクを思い出しながら

胸がしめつけられました

 

 

 

あれからもう

30年が経ちました

時間は経ったけど

あの日少年が

電車から見ていた景色は

大きく変わりましたが

好きなことを

追いかけて楽しんでいる僕は

あの日の僕と

何も変わりません

 

 

電車に乗っているときの

あのワクワクと

生徒に数学を教えるときの

ワクワクが

同じなんです

 

 

 

「勉強しなさい」なんて

一言も言わずに

好きなことを

好きなだけさせてくれた

父と母とおばあちゃん

 

 

好きなことを追求する楽しさを

そこで養ってくれたからこそ

後に、

人よりかなり遅かったですが

勉強に目覚めたときには

数学や数学教育を

とことんまでのめりこめた

 

 

 

だからこそ

今の僕がいるわけです

 

 

何も言わず

「しんちゃんの好きなだけ

乗ってていいのよ?」と

優しい笑顔で

孫に付き合ってくれた

おばあちゃんに感謝ですね

 

 

 

なんばから千里中央までの

20分で

あの日の自分を

感じることができた

そんな時間でした

 

 

 

息子、理一朗君

お父さんの進一朗君が

電車に乗って

ワクワクしていたように

あなたも

あなたが好きなことを

好きなだけしていいからね

 

いくらでも

お父さんはつきあうから

 

 

 

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