塾長の大久保です
小学生の頃の話
学校から帰ってきた僕は
お母さんにに毎日
同じ質問をしていました
「お母さん、今日の夜ご飯なーにー?」
お母さんは
どれだけ忙しくても
僕の目を見て
「しんちゃん、
今日の夜ご飯は〇〇やで」
と、笑顔で答えてくれました
僕は何気ない
その会話がなぜか
妙に嬉しかったのを
今でも覚えています
けして高級でもない
小さなマンションに住んでいたので
じつは
家に近づくと
匂いで夜ご飯の内容が
わかるときもありました
カレーのときとかね笑
その日も
匂いで夜ご飯がわかるのに
それでも
「今日の夜ご飯なーにー?」と
お母さんに聞いていました
夜ご飯のメニューが何かを
知りたくて聞いているときと
夜ご飯のメニューが何かを
知りたいわけでもなく
聞いているときが
ありました
わかってるのに
なぜお母さんに
質問をするのか
そのときは
その理由はわかるわけもないし
そこに不思議を
感じることもありませんでした
でも今思えば、
僕は毎日
お母さんに夜ご飯は何かを
聞いていましたが
それは
僕は
夜ご飯のメニューを聞くことで
お母さんと目を見て話し
お母さんの“温かさ”を
計っていたり
感じていたのだと
思うのです
毎日、
その質問に答えるお母さんを見て
とても
温かい気持ちになっていたのを
覚えています
人は、
言葉を話します
言葉に気持ちを乗せて
言葉を発します
しかし
その言葉の意味と
乗せた気持ちが
一致するとは限らないところが
難しいところで
そこが人間らしいのです
僕のお母さんが
気が付いていたのかどうか
それはわかりませんが
その言葉の奥にある
「本当の気持ち」
「心の声」に
気が付いてあげることが
大切なのです